海外にちょっと住んで日本に一時帰国した時、誰しも
「日本はなんて素晴らしい国なんだ」
と思うことであろう。
新幹線は20分に1本、公共交通機関は秒単位で定時、ビジネスホテルは清潔なのに安い、宅急便は翌日に時間指定で届き、製品やサービスに不満があれば殿様のような扱いでの対応、コンビニはおろかデパートやスーパーは土日も営業しており、晴れの日も多く、トイレの便座は暖かく、食事はどこで食べても美味しい、水もお茶も飲み放題だ。
実際僕も、日本の居心地の良さに骨抜きにされ、こんな快適な環境に住む権利がいつでも備わっているのに、敢えて海外で働いている自分は本当はいったい何がしたいのか、考えたほどだ。
ヨーロッパと比べ、日本にも良いところ悪いところはある。
ただ、日本をベタ褒めすることなんて、1週間初めて海外旅行に行った人でも出来る。
日本の批判は、日本が嫌になって海外に移住した人に任せれば良い。
結果的に、今回の一時帰国で改めて気付いたのは、
「日本が素晴らしい」
わけではなく、やはり
「生まれ育ったその国が素晴らしい」
のではないかと言うことだ。
それは、定年し会社に縛られなくなった人が、生まれ故郷に帰ることと似ている。日本に赴任しているスイス人が、スイスに帰ってやっぱりスイスは素晴らしいと感じるそれだ。
先進国に住んでいる人にとっては、当たり前のことかもしれない。
そして何より、日本の素晴らしいさの多くは、日本語を理解できないと手の届かないゾーンにあることが多いのではないかと不安に思う。僕の帰った日本は、日本語が出来ないとつくづく不便な国だ。それにも関わらず、僕のメンターである東欧人の元上司は、日本に居たいから今でも日本にいると言っていた。そんな変わった上司以外にも伝わるよう、2020年にはオリンピックがあると聞くが、それまでに少しでもその点開国すればと願う。
特に結論のあるエントリーではないが、働くこととは別で、生まれ育った国が素晴らしいのを前提に、批判することなくその国の良さを学ぶことが、僕が海外に「住む」理由だろうと、改めて感じた。
3週間の休暇も終わり、休暇明け初日からドイツ出張だ。いつになるか分からないが次回の一時帰国まで、また少しでも成長出来ればと思う。
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