海外転職のその後、MBA@IMDのその後

テキサス x 日本 x ドイツ x スイス x IMD MBA → スイス

*

海外転職&MBA スイスビザ防衛戦(3)

   

以前のエントリーで書いたスイスのビザをどうするかの続き。

僕の持っているスイス滞在許可Bは、会社のスポンサーシップあって初めて就労できる最弱のカード(もうひとつ上のCなら自由に就労できるっぽい?)ですが、そんなカードでも、スイス内で制限されている外国人労働者のQuotaとしては今後活用できる可能性がある「かも」しれないので、MBA中もなんとかこのQuotaを維持しようと頑張っていたのです。

今勤めている会社からは、

  • 無給での長期休暇を許可する
  • MBA後のポジションはまた相談(会社側、僕側から契約を絶つこともある)

とポジティブな回答をもらってました。ただし、移民局がなんていうか分からないとのことでしたが、移民局に問い合わせたところ、

  • 問題ない。今年の許可証の更新は普通にすれば良いし、来年の許可証も普通に更新すれば問題ない

と、あっさりした回答でした。文章で回答もらいましたが、そうはいっても最終的には来年行ってみないとわからないので、出たところ勝負することにしました。会社が普通払っている従業員の保険とスイスの年金は自腹っぽいですが、びびたるもんなのでそこはだいじょぶ。

奥様も普通に普通に働き続けるし、最悪来年更新出来なくてもIMDは卒業出来るので、これ以上は気にせず、ケセラケラすることにしました。

 

僕はアメリカの三流大学を卒業しているのですが、「アメリカ帰り」にとっての「あるあるナンバーワン」は

  • 金髪の彼女はいたの?と聞かれること

ですが、あるあるナンバーツーかスリーで、

  • なんでそのままアメリカに残らなかったの?と聞かれること

が挙げられます。十中八九「いや、ビザが・・・」との答えを返すのを見ますし、僕もそう濁していました。(面接では「日本人として日本のものづくりを・・・」なんて言いますけれど)

8年前の自分を振り返って、本当にそうだったのかなーと思い返しています。最近になって米国留学後そのまま米国に残った人を知る機会が増えて、ますますなんで自分は日本に戻ったんだろう?と考える機会が増えました。そもそも当時の僕は「留学」というだけあって、卒業したら日本に戻ってくるのが前提だったので、そのままアメリカに骨を埋める理由なんてありませんでした。新卒で何もない状態でしたが、何より欠けていたのはビザでもスキルでもなく、覚悟だったように思います。

1年後IMDで、また同じような選択を迫られるのだろうと思いますが、今度は覚悟できるでしょうか。
プレMBAの課題が出てき始め、来年が現実味を帯びてきました。

 - MBA, MBA受験, 海外転職, IMDライフ

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

海外転職組が集まる世界の最高峰(A)

1か月が経ちました。 予想していたよりもしんどくて、予想してたよりもしんどくない …

no image
3月はどこへ行った

月1での更新目標が3ヶ月目で途切れたIMD生活でした。 4月中旬になってやっと心 …

no image
海外転職 リクルーターからの電話1/2

今日の午後の出来事。 突然デスクの電話が鳴り響く。 突然以外に鳴ることはめったに …

スイスで退職する者の定め

スイス・ドイツでは、誕生日の人が自分で誕生日ケーキを焼いてもってくる習慣があるの …

no image
一時帰国と生まれ育った国の素晴らしさ

3週間休みを取って、日本に帰っていた。UAEを経由し、実家には立寄もせず、東京・ …

ポストMBA

想像していたライフがそこにあるかと言うと、正直わかりません。 IMDで頻出した単 …

no image
ドイツ→スイス引っ越し ついに家が!

ついに家が決りました。 決りました、と、言うか、先週アプライした家にやっとOKが …

no image
海外転職 果たしてこの転職は成功だったのか

なんてタイトルに反して、今回の前職と現職を比較して議論をする気はない。一番最初の …

IMDライフの始まり

2015年からIMDに通い始めるにあたって、2014年末に「海外転職のその後」と …

海外転職からの転勤 スイスと家とSchufaとアメックス

自分のプロジェクトよりも何よりも1月から引っ越すスイスの家探しがプレッシャーであ …